19/05/2017
戦争がなかったら、誤爆もなかったと思う。
https://mainichi.jp/articles/20170516/ddn/013/040/046000c
発掘・戦禍の証し:誤爆 1945年6月、兵庫県明石市 644の命「工場身代わり」 - 毎日新聞
第二次世界大戦末期の日本本土空襲で被災者の生々しい記憶の一つに「軍需工場への爆撃の巻き添え」がある。1945年6月の川崎航空機明石工場(兵庫県明石市)への空爆は、投弾した2トン爆弾が全て住宅地を直撃する誤爆だった。それは「巻き添え」というような生易しいものではなく、完全な「身代わり」だった。【松本泉】
05/07/2014
悲劇はもう沢山です。
今のご時世だからこそ、信条の枠を越え多くの日本人に知って頂き、この史実を後世に伝えたいと思います。
09/05/2014
「地元の皆さんはどう考えていらっしゃるかをお聞きしたい!」
先日会ったあるPの一言でした。
24/04/2014
太平洋戦争中に、一発の爆弾で30名を越える児童が集団爆死した例は全国に2件しかないと言われています。
ひとつは沖縄の児童、もうひとつが、ここ頓田(一ツ木)の児童です。
太平洋戦争末期の1945(昭和20)年3月27日、アメリカ軍のB29爆撃機は太刀洗 飛行場を爆撃しました。
その時、間違って落とされた爆弾(誤爆)の一発が、この頓田の森で小学校の児童31名の命を奪ってしまいました。
それから約70年、その事実を知る人が少なくなっています。
亡くなった児童達の親兄弟、それに祖父母はどんな思いで、何を考え、どんな日々を過ごして来たかと思うと、この事実を風化させることなく、戦争を知らない次の世代の子供達に伝えなければなりません。
ボクらはそれぞれが持つ信条の枠を超え、二度とこの様な多くの国民を犠牲にする悲惨な戦争は繰り返してはならないのです。